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「どのターンテーブルを使うかまだ決めてないけど、「引用」に備えて通常のターンテーブルを一台用意しなきゃね。でも、今は音楽のことよりも一緒に演奏する友人に再会するのを楽しみにしてるんだ。」Mutekでの即興演奏について訊いてみたところマルタン・テトローからはそんな陽気なコメントが。 それから2日後の5月31日、3人のターンテーブル奏者と渡り合ったライブで、テトローが轟かせたのは耳にずっしりくるサウンド。そして、時折顔を出すリリックや台詞。何が起るかわからないパフォーマンスに観客は引きずりこまれるように聴き入っていた。そして、自ら改造したターンテーブル越しに共演者を指揮するテトローは2日前とは打って変って真剣な面持ちを見せていた。 元々、ヴィジュアルアートを志していたマルタン・テトローに転機が訪れたのは80年代半ば。サウンドアートへといざなったのは偶然手を伸ばした一枚のレコードだった。レコードや台詞をカットアップした「引用」の音楽は、90年代後半にモーター音や針が盤に擦れる音などターンテーブルの隠れたサウンドに光を当てた「抽象」の音楽への昇華をみせる。「引用」と「抽象」を混在させたりその両極を行き来したMutekでのパフォーマンスは、「抽象」に傾きながらも「引用」の引き出しも持ち合わせるマルタン・テトローの現在を象徴するものだろう。
それまで制作していたミニマルアートの延長というか、紙という媒体に行き詰って手に取ったのが一枚のレコードだったんだ。レコードはたくさん集めてたからね。何をしたかっていうと、半分にカットしたレコードの片割だけを裏返しにてて、A面とB面がハーフハーフになった一枚の円盤に作り変えたんだ。で、それに針を落としたら全くもって未知のサウンドを紡ぎはじめた!その衝撃から音楽にハマッていったってわけなんだ。初めて音楽の仕事が舞い込んだんだのはその数年後だね。友達の紹介でモントリオールの劇団Compagnie de Bruneで振付師Lynda Geaudreauの舞台のサウンドを担当したんだ。台詞は殆どなくてヴィジュアルとサウンドがメインの舞台だったから僕が当時やってた音楽は完璧だったんだと思う。
--- マルタン・テトローのサウンドは既成の「音楽」という枠組からはみ出したものだと思いますが、いかがでしょう?
ヴィジュアルアートの用語を用いて手短に定義すると、プラン、ライン、空間、対比、テクスチャーそれからヴォリュームだね。 オリジナルの音源「Studio」が生まれたのは2000年11月のフランス。友人のAlexandre BellengerとMihoの家のベースメントで、テクニシャン抜きでDATに直接レコーディングしたんだ。3枚のミニCDにするコンセプトはセッション半ばにカフェで大友と話し合って決めた。僕はオープンリール「analogique」、大友はPC「numérique」でオリジナル音源を個別にリミックスする個性的なものを思い描いていたから、3枚のミニCDは当然の選択だったし、別の言い方をすると3枚組以外でのリリースはあり得ないと思ってた。2人でセッションをした「Studio」は他の2枚を繋げる役目をしているわけだからね。 --- ジュエルケース(通常のプラスチックCDケース)ではなく紙のジュエルボックスを使ったパッケージのアイデアは何にヒントを得たものですか? パッケージに選んだジュエルボックスは今年1月、モントリオールで見つけたんだよ。ミニCDに完璧な大きさだったから、『Studio- Analogique-Numérique』の構想を形にするきっかけになったんだ。
『Studio-Analogique-Numérique』を引き下げて大友良英とフランス、ベルギーを16日間で駆け抜けたGrand Europeツアー(その間ライブは15回!)は大成功だったという。モントリオールに舞い戻ったかと思うと休むまもなく小規模のライブを幾つかこなし、続けてVictoriaville、Mutekと大規模なフェスティバルに参加したマルタン・テトロー。6月にはドイツのMoers、7月、8月はフランスFruits de MhereとドイツStralsund、秋からはカナダ、ヨーロッパ、日本でのフェスティバル参加とこれからも精力的な活動は続く様子。 | |||
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取材・文:Kanako Izawa (presqu' ile) 写真:Zoe | |||
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