*Laissez-passer(レセ・パセ)という無料券をあらかじめ、各劇場入り口で入手する必要があります。基本的に公演一週間前から配布されています。MTL在住者向けなので、市営図書館の貸出証、ケベック州免許証、BellかHydro-Quebec 請求書、Acces Montrealのどれかを提示して下さい。なお、事前にチケット残数も含め、それぞれの会館に確認することをお勧めします。
Gravity ―「重力」はわれわれを取り巻いているが、日常で気に留められることはない。そんなあたり前のことでありながらとかく影を潜めているひとつのテーマが、約12のスケッチ集となってわれわれの前に蘇る。「私のダンスの先生は母なる自然」という新井英夫、今作品では天井から垂れ下がる裸電球や小麦粉の動くさまや、スクリーン状に張られた白幕に映る影などを注視する。それらの物、そしてそれに遭遇する自分自身、果てには彼を取り巻く観客たちすべてに意識を浮遊させ、ひとつの親密なユニバースを創り上げていく。
ところでこの作品、始終新井のパフォーマンスに寄り添っては離れる打楽器の音なしでは語れない。GaPaことGANESH ANANDANとPATRICK GRAHAMたちによる生演奏だ。このモントリオールの音楽家2人と新井は、1万5千キロメートルという日本とカナダ東沿岸の距離をまったく感じさせない、絶妙のコンビネーションを見せてくれる。時には新井の踏み出した一歩と同時にただ響くドラの音。一方では、昇天するがごとく鳴り渡る笙の音にとりつかれたように踊る新井。スケッチごとの合間の暗転中は静寂のままであったり、GaPaがステージ前面にふらっと来てハンドドラム等を演奏したり。実際、スペース奥にある彼らの陣地には、50種類以上の大小の打楽器がところ狭しと並べられている。ほぼ見たことのないタイプの楽器たちだ。自作したものもあるという。彼らが腰掛けている枕大の木箱には一つだけ穴があいている。それを座ったまま叩いたりもする。また、小学校の始業終業時に鳴らすベルもあるし、風鈴やもくぎょうまである。「職人工房」という言葉が浮かんだ。
今回の作品は新井英夫がモントリオールに到着した後、10日ほどかけてGaPaとともに創りあげられた。当初は自分の演技ひとつひとつに説明を求められ、バックグラウンドの違いからくる違和感も感じたが、わずか数時間で3人の共通理念が似通っていることに気づいたと彼は言う。その共通理念とは「日常をステージにもちこむこと」だ。グローバル&ミニマルな視点。単純に見えて複雑。私はそんな奥行きも彼らの共通点としてあげたい。マイクを向けようが向けまいが、舞台上と変わらぬはっきりとした発声で語り続ける新井英夫。彼の作品はそんな彼自身に注目することでおもしろさが増す。舞台作品としての構成や、視覚的効果に物足りなさが残るものの、自然や人々と接することによって生まれ出るエネルギーにつき動かされて踊る彼を観ることが何よりの楽しみだ。
クレジット:表紙写真/JEAN-PIERRE PERREAULT, Photo: La Fondation Jean-Pierre Perreault
取材・文:YUKO H.